3 データと活用情報


1995年2月13日、当時600店舗、英国ナンバーワンスーパーテスコはクラブカード全店導入を実施した。1993年からの実験結果を受けて役員会で決定した本格的導入である。当時、1000万会員から集まってくる会員のバスケットデータは月間6億件。
1年間で72億件、世界人口65億を超えるデータ量になる。このデータを分析し「何と何が関連して売れるか」を80つのバケツにまとめた。また「なぜそのような買い方をするのか」を分析し、27のライフスタイルを取り出した。この分析から12万通りのクーポンパターンを準備し、年4回のダイレクトメールで顧客ニーズに合わせたクーポンを同封している。
データ活用は大企業だからできるのではなく、こころざしを持った企業だからできるのであり、企業の大小とはまったく関係がない。テスコはデータを活用し企業価値を高めた。この章ではデータ活用で企業価値を高める方向について述べていく。

3-1 取組姿勢
 
関心か無関心で勝ち組、負け組が決まる
これまで市場を掘り下げる必要、掘り下げた市場ごとに特徴を探る。探り当てた特徴(ニーズ)ごとに作戦要領を準備。準備した作戦要領を掘り下げた塊(セグメント)に射撃することを述べてきた。購入商品からヘビーユーザーを取り出しピンポイントで射撃する活用も述べた。
少子高齢化、さまざまな業態との複合競争、知識を持った消費者で小売りマーケットは昔の風景ではない。複雑怪奇になったマーケットをデータで読み込み、日々、戦略・戦術を進化させていく時代に突入している。データ活用への取り組みが問われている時代である。
しかし関心がなければ何も始まらないし、何も起こらない。賢くなった顧客から見放され、徐々にマーケットを失う。会社を二束三文で売り渡すか、大きな借金を抱えて倒産するしかない。

データに関心なければポイントカードは止める
顧客データ活用に携わって10数年。数十社の企業に求められ指導を行い、セミナーを開催してあるべき顧客データ活用を説いてきた。しかし現実は悲惨な状況である。ポイントカードを実施しているがデータを蓄積していない。これはシステム投資の浪費であり、何も企業価値を生まない。まったくナンセンス。この状況を放置している経営者がなんと多いことか驚く。何のためにポイントカードを発行したのか目的を見失っている。そもそも目的不明確で導入している。
このような状況なら、会員にお詫びの手紙を送り、即刻ポイントカードを廃止したほうがよい。ポイント経費分だけ利益を失っているからである。
100円1ポイント特典を実施しているとおよそ売上高の0.66%、200円1ポイント特典なら0.33%の利益を失っている。集客のため2倍ポイント、5倍ポイントをやればもっと利益を失う。2倍、5倍ポイントセールで集客効果があると考えるのは幻想でしかない。
確かに倍ポイントは実施日の客数アップ、売上アップになっている。しかし倍ポイント実施の前後は平均より売上が下落。倍ポイント実施週と非実施週と比較すると売上は変らない。実施の週、2倍、5倍ポイントアップした分損している計算になる。
会員データを蓄積し、前述で述べたような顧客を識別し、グループに分け、グループのニーズに合わせた販促を実践しないなら早急に止めるべきだ。

データを記録する条件
「誰が客か」に関心あるなら救いがある。少なくとも"気"がある。気があれば何かが起こる。「よく買ってくださるお客様を知りたい」「最近導入した有機栽培商品を購入している人は何人いてどのような人か知りたい」「去年12月タラバガニを購入した人を知りたい」「去年7月鰻蒲焼を購入した人を知りたい」と言うような"知りたい"という気があれば企業価値を高める環境があると言えよう。
「そんなこと知ってどうする」という質問をよく受けるが、このような質問を発する人には"知りたい"という気がもともとない。無関心な人物と断定できる。
さてこのような"気"あるなら、データが大量だろうが通信回線のコストがかかろうがデータを記録するサーバが必要であろうととにかく顧客バスケットデータ(買い物1行1行のデータ)全部の記録をとろうとする。その仕組みがなければ投資して準備する。
データが多くなったからと顧客別に合計したり、商品別に集計したり、まとめてしまってはならない。
必要なときいつでも○年○月○日(いつ)、誰が、何を、いつ(購入年月日)購入したか瞬時に情報を取り出せるようになっていなくてはならない。スナップ写真を取り出すように、その日、その時刻、どのようなことをしていたかを復元できる状態にしておく。
「昨年2月から3月、花粉症関連商品を購入した人を出してみよう」。この視点が営業の"感覚"である。販売情報を取り出す決まったルールがあるわけではない。思いつき(感覚)でデータを見ようとする。経理や給与計算のように決まったルールがあるわけではないのでデータはまとめてはならない。ありのままで記録しておく。これがデータ活用の重要な条件になる。

行動を起こすが活用の条件
結果をだすためには「行動」するしかない。行動しなければ何も起こらない。データ活用は行動するために行なう。データをぶんまわし、年齢別や地域別の分析をしたって所詮分析でしかない。顧客データは会議のための資料を作成するためにあるのではない。
ごちゃごちゃ言わず、すぐに行動を起こすために活用することを何が何でもモットーにして欲しい。
スタッフが販売会議のための資料を立案し、その情報を出力するコンピュータ・プログラムを準備するのではなく、パートさんでも部門チーフ、店長でも簡単な操作で、しかもかなりのスピードで欲しいと思った情報を取り出し、行動になる仕掛けの準備がデータ活用の条件になる。

3−2  情報
すぐ結果をだすが鉄則

行動がすべて。行動(アクション)にデータを活用する。アクション情報をもっとも重視する。会議用分析資料は二の次、もしかしたら必要悪。筆者の経験からの意見である。いつでも思い立ったとき、どんなデータ、いつのデータにも簡単に触れるようにしておくのがよい。
「昨日、入荷したヨーグルトはいくら売れたか」
「ゼロ!」
データを見た担当者はヨーグルト売場に向かい、棚位置やPOPのあり方を考え、売れるように修正する。行動した結果、5個売れた。このすぐ結果をだす環境作りがデータ活用の鉄則である。
データを分析するだけで何も行動しないのならカードは止めたほうがよい。何の特にもならない。「行動を刺激する情報」であるかどうかを視点に顧客情報のあり方、使い方を述べてみる。

デシル情報
前述で説明したようにデシルとは買上高順に顧客を並べ(ソート)、上位から10区分して情報化する分析手法である。米国の文献で「20−80の法則がある」があると宝物でも発見したように全世界にもてはやされた。20%の顧客で80%の売上を占めているという法則だ。よく購入している顧客がいる一方であまり購入しない顧客がいることを単純に示す。デシル分析でそれがわかる。
この情報で「ふーん、うちの店舗は30%で68%か」と感心してみても何も起こらない。改善すべき行動について直接的に何も伝えてくれない。ただ眺めているだけではナンセンス。この情報を活用する行動はデシル顧客に仕掛けること。「デシル1顧客にダイレクトメールを送れ」「数が多すぎるなら1%顧客にすぐにダイレクトメールを出せ」これしかない。広島の量販店で10部門ごと上位50人をリストし「顔を覚えるキャンペーン」を実施した。ダイレクトメール発送顧客の来店率は60%、33%が購入してくれた。500人中、顔を覚えた人数は65人。覚えることに熱心だった部門長は50人中20人、不熱心な部門長はわずか2名、ほとんどが10人以下という状況だった。熱心部門長は2人、つまり20%だけが熱心だが、残り80%は"燃えない"人たちだった。ここにも20−80の原則がある。大体、顧客を知りたいという"気"がない。

離反客カムバックアクション
離反しそうな顧客を放置してはならない。すぐに買い物に戻ってくれるよう仕掛ける。「誰が離反したか」。ここがポイントになる。ある年の3月のデシル別顧客が3ヵ月後の6月にどのデシルに移動したかを示す。
表から3月デシル1、デシル2、デシル3だった顧客は6月買上ゼロ顧客数をピックアップしてみる。
・3月デシル1顧客の14人が6月買い物ゼロ。売上減少額75万円。
・3月デシル2顧客の29人が6月買い物ゼロ。売上減少額63万円。
・3月デシル3顧客の37人が6月買い物ゼロ。売上減少額60万円。
この情報をただ眺めているだけで「離反が多い。何とかしろ」と叫んでいるだけでは何も起こらない。「デシル5以上の買い物ゼロ顧客に至急DMを出せ」。これが正しい指示命令になる。常連客、お得意様の離反は売上に大きく影響を与える。完全に縁が切れてしまわないようすぐにダイレクトメールを企画し再来店を促進する。だが現実は離反した顧客数すら把握していない。

年齢別商品購買情報
この情報は顧客情報導入を検討している人たちから要求されることが多い情報だ。はっきり言って何の特にもならない情報と筆者は思っている。行動を起こすのが極めて難しいからである。
「何歳の人が何を購入する傾向がある」といっても行動を刺激しない。「ははーん」で終わる。
たとえば、牛の年齢別グラフを出してみるが、55歳から60歳の購入金額が高い。よく見てみると100グラム当り単価の高い和牛を購入している。野菜ジュースは、60歳を越えるとガクンと落ちる。30歳代が購入の中心だ。さてこの情報で、どのようなアクションを起こせるか考えてみる。
つぎのような使い方はできる。商品カテゴリー別に昨年と今年で年齢別に変化があるかどうか比較してみる。変化があれば原因を考える。和牛の年齢別購買グラフを出してみた。和牛で若年層客数が増加し、高年齢層が減少している。原因を考えてみる。特売のやり過ぎが原因になっていることが多い。全体の売上高はほぼ前年と同様、利益を落として無理な販売をしている。
このように前年と比較し、上昇下降の変化があれば品質を変えたか、パックを変えたか、売価を変えたか、特売したかなどを思い起こし上下変動の原因を調査する必要がある。
原因調査だけでは充分ではなく対応策を関係者に提案することがもっとも重要になる。原因を調査し修正すべきマーチャンダイジングの提案をする。この行動をしないのなら情報を取りだす必要はない。分析担当のマスターベーションに終わってしまう。この原因調査と修正マーチャンダイジングの提案を実施する行動は至難の業。過去の成功体験から離れることのできないバイヤーなど関係者の圧力で潰されてしまう。

買い回り情報
ここでは行動を起こすための使い方について述べる。情報は活用されてはじめて結果を生む。行動するために使わない情報なら情報を取りだす意味はない。焼酎を購入した人が同時に何を購買しているかを見てみようと取り出した情報がある。時期は5月連休。焼酎購入者は33人、全体購買客数のわずか1.2%だった。
調べようとした関連購買商品指定は鮮魚、刺身、塩干の商品。同時購買(併売)商品は"かつお"が目についた。

この情報から指導先店長に「かつおのコーナーに焼酎5本持っていってはどうか」と会議開始前に指示した。2時間の会議を終わって店を覗いてみたら「全部売れました」と売場担当者が嬉しそうに語ってくれた。単純な買い回り情報の活用法である。
ワインなら3月の花見シーズン、ボジョレヌーボー解禁の12月の同時購買商品を調べて陳列を盛り上げるとよい。花見シーズン売れるワインはなぜか白でも赤でもなくロゼワインだった。ちなみに3月花見シーズン同時購買は"焼き鳥""鉄火巻き"だった。
買い回り情報の本来的な活用方法は売場レイアウトの変更のための活用である。顧客にとって買いやすい売場づくりをするのに活用したい。
関連購買分析で「フルーツ缶詰」と「ヨーグルト」の関連購買が結構高いことがわかった。しかし売場はかなり離れている。関連して購入する商品の置き場所がかなり離れている。商品配置が顧客の買い方にマッチしていない。
現在やっていることは過去からのチェーンストア理論。商品組織運営は縦割りになっていて商品配置の変更などできない相談である。バイヤー、販売スタッフは情報を見ることはない。見ないならこの情報も不用といえる。情報を出す意味がない。縦割り組織の弊害については5章「マーチャンダイジングの改革」で述べる。

メーカー別購入商品情報
顧客の購入データに自動的にメーカーコードがつけられる。これを利用すればメーカー別商品の購入者を取り出すことができる。この情報でメーカーは小売業者と協力して、自社商品のヘビーユーザーに感謝のメッセージを直接送ることができる。メーカー自身が小売り店舗と協力して最終顧客と関係を構築できる。食品メーカーがやるべきお客様関係作り(リレーションシップ・マーケティング)である。バイヤーに対する販促協力金は過去のこと。販促協力金は小売業の荒利益補填に使われるだけで消費者にほとんど還元されない。消費者との距離を縮めるチャンスが生まれる。

「こくまろカレー中辛」購入者は351人、「ハウス特選生わさび」購入者は344人など購入客数順に25単品並べた情報である。
カレー愛好者に「カレーシリーズ」をクーポンつきでスーパーと協力してダイレクトメールするとライバルメーカーより顧客の関心を引き出すことができる。ライバルより一歩先を歩めることになる。

RFMセル情報で見る顧客価値
テスコは、1993年、3店舗のクラブカード導入実験でRFV(Value)分析を行なった。Vはバリューの頭文字でRFMのM(金額)に当たる。現在も実施している模様。2章で述べた8つのセグメントや99のセグメントと言う筆者が考案したRFMセルコード分析ではなさそうだ。F(購買日数)とM(購買金額)による8つのセグメント、99のセグメントはRFMセルコード概念に基づいている。前章の概念にR(最新購買年月日)を加えてみる。RFMによって顧客価値、長期消費枠の違いが見えてくる。

それぞれを5段階に分けている(人事評価などに用いる54321の5段階評価)。R5の区分条件「5日以内」は顧客が最後に購買した日から5日たっていない顧客が選別される。つまりあつあつ(ホット)の顧客、合計で1846人(27.6%)いた。逆に30日以上経過してしまった顧客は3024人(45.2%)だった。
これにF区分を加味すると25(5段階×5段階)のセルに顧客が区分される。F5の区分条件「月平均5回以上」は1年間月平均5回以上購入している顧客が選別される。両方の枠"R5F5"の枠は70人。貢献度最高の顧客(スーパースター)である。
セル別の1年間の顧客価値(長期消費枠・ライフタイムバリュー)を計算してみる(図表4-4A)。全購入客数の平均顧客価値は一人当り年間「7万5210円」になる。
「R5F5」セル70人の顧客価値は「61万1265円」、平均の8.1倍の顧客価値になる。顧客価値の高いグループの離反傾向は他のグループより少ないが万一"R5F5"から"R4F5""R3F5"へと移動し始めたら即刻カムバックしていただく販促を仕掛ける。カムバックを仕掛ける顧客を選別するのがこの情報のひとつの活用方法である。

RFMセル情報でみるリスポンス率
専門店、百貨店、ドラッグストアなどに最適な別の活用方法がある。購買を期待できる顧客を取り出すのに活用する方法である。渋谷都市百貨店で実験した結果である。各セル別にテストダイレクトメールを発送した。キャンペーン期間中、企画した売場で買い物した場合に「購入」と見なした。合計の買上率(レスポンス率)34.8%、R7F7セル顧客買上率は78%ともっとも高い。合計数値が高くなっているようになっているのは、各セルの客数の違いが影響している。


このような数値を一度テストし、ダイレクトメール実施の買上率基準数値として利用する。この数値が得られればダイレクトメールの売上高計画が簡単に計算できるようになる。計画値と実績値はほとんど差がなくなる。極めて単純な売上予測システムになる。
たとえばR7F7の顧客300人抽出する。この顧客の平均購買金額は1回当り10万円(これもRFMセル情報から簡単に出力)。買上率は78%であるから300人から得られる売上予測は2340万円(300人×10万円×78%=2340万円)になる。
無闇にダイレクトメールを発送しても経費ばかりかかり「ダイレクトメールは金がかかり過ぎる」とやめてしまうケースが多い。RFMセル情報を用いて確実に売上予測ができるダイレクトメールを送れるよう仕組みを準備する。

相手探し(集合情報)
いまデスクトップパソコンの前にいると想像しよう。パソコンの線の向こう側に10店舗2年分のバスケットデータのデータベースがある。10店舗分1億6800万の明細データが記録されている。東京都人口の13倍のデータ、日本人口の1.3倍のデータ量が記録されている。
これに向かって今からメッセージを送る顧客を抽出する。結婚相手を探す気持ちで販売を仕掛けるお客様を選ぶ。おじいさん、おばあさん、ベビーカーで赤ちゃんを連れて来店する人、華麗なる独身、DINKS(ディンクス・ダブル収入子供なし)、35歳以上の女性で化粧品多頻度購入者など、顧客をイメージする。
・昨年の年末、和牛を5000円以上購入した顧客を取り出し和牛の販促をしよう。
12月28日から31日の年末、5000円以上購入者が270人いた。この顧客にすき焼肉を仕掛ける。
・65歳以上女性でバナナを1年間100回以上購入した顧客を抽出してみる。
65歳以上女性1693人。そのなかでバナナ購入者は全部で1263人。65歳女性の74.6%が購入。100回以上購入している人は6人いた。バナナおばあちゃんだ。
・65歳以上おじいちゃんが何人いるか。52回以上購入しているおじいちゃんは何人いるか調べてみよう。
商店街スーパーのある店全客数の5%、473人が65歳以上の男性。そのうち190人が52回以上来店のおじいちゃん。65歳以上男性の40%が52回以上来店している。全客数の2%相当だ。
・ウイスキー年間12回以上購入している顧客を抽出してみよう
年間12回以上購入者は15人。50回以上が1人。この人はサントリーオールドを毎回購入している。
・駅前スーパー、年間ビール10万円以上購入する顧客を調べてみよう。
10万円以上20名だった。トップはビールのみで年間36万円購入、2位は25万円、3位は17万円だった。
・ブランド米5キロ12回以上購入している顧客を抽出してみよう
年間5キロ購入者は994人。12回以上購入者は13人。米の無料配達サービスを仕掛けたらもっと売れるであろう。
・離乳食50回以上購入している顧客を抽出してみよう(ドラッグストア)
1年間このカテゴリーの購入者は2122人。50回以上4人、100回以上1人いる。
4人にすぐ感謝のダイレクトメールを送ってみる。
・35歳から59歳女性で資生堂化粧品1万円以上購入している顧客を抽出してみよう(ドラッグストア)
若さの維持が顧客ニーズ。資生堂1万円以上購入者132人。35歳から59歳で1万円以上購入者は64人、132人の48%に当る。半数が35歳以上。
・百貨店の"核"売場である化粧品。資生堂年間1万円以上購入者1980人。ドラックストアの10倍以上になる。さらに資生堂購入商品を調べ仕掛けてみよう。
以上は思いつきでデータベースに検索した結果である。このような感覚で顧客を引っ張り出し、取り出した顧客に新製品案内、クーポン、サンプル商品提供、感謝の挨拶など、どんどんメッセージを送る。まさにターゲットダイレクトメールの実践である。毎日の実践が必ず、店を繁盛店に変えていく。理屈や会議よりとにかく実践。それが成功の近道になる。

3−3 情報活用組織と人格
高度な分析、データマイニング不用

百貨店、スーパーともに膨大な顧客の取引データを、それこそ毎日取り扱っている。
大雨が川に流れ込む水のように絶え間なく事務所のコンピュータに書き込まれる。処理プログラム(必要なデータだけを取り込むプログラム)を通さず、そのまま本部にデータを送り込むと、本部のコンピュータに10倍、20倍、100倍というようにカード会員のデータが高速で流れ込む。インダス川の砂の数ほどではないだろうが、とにかく膨大なデータである。この砂の山のようなデータを活用して、マーケティングに活用できる有効な法則や傾向(トレンド)、パターンを導き出すデータマイニングという手法がある。
マイニングのもともとの意味は金採掘鉱山で金(ゴールド)を採掘することを言う。山のなかから金を採掘するように膨大なデータの中から、意味のある情報を取り出す技法が開発され、それをデータマイニングと命名した。
数年前、筆者もデータマート(多次元分析)、SASのデータマイニングに挑戦した。データマイニングで相関関係やトレンドパターンが出力される。コンピュータが勝手に分類して分析結果をだしてくれる。
しかし読み解きが難しくて理解不能。なぜそうなるのか推測するしかない。こちらの意図に関係なく計算してくれるので計算のプロセスがわからない。きれいな川をかき回し汚すようなものだ。
この章の主張であるアクションには難しくて役に立たない。役に立たないソフトウエアに高い金を払って導入する必要はない。
情報は利用者が電卓で検算できるような単純な情報に限定すべきだ。電卓で計算できる情報、それを高速でやってくれる情報に限定し、導入することを導入の判断基準として欲しい。わかりやすければ活用してくれる。何度も言うが情報は行動を起こすために使ってこそ価値を生む。分析するだけではスタッフの仕事を作っているだけに過ぎない。ムダな経費である。

分析屋
分析屋、仕掛人は筆者の造語。分析屋は本部に鎮座し机上のパソコンとにらめっこしながら会議の資料づくりと格闘しているホワイトカラー。仕掛人はデータを使って顧客に販促を仕掛ける販売担当がイメージになる。
本質的な分析屋の仕事は、
・試行錯誤し、その中から意味ある情報を取りだし、なすべきことを提案し、行動させる
・業績が悪化している原因を掘り下げ、真の原因を発見し、それを取り除く方法を提案し、行動させる
健康診断にたと喩えることができる。分析屋はドクター。不健康なら原因を調べ、治療方法を提示する。いわば業績のドクターが分析屋の仕事。診断するだけでなく、原因を調べ、業績を健康状態に戻す役割がある。分析のための分析、会議資料作成のための分析屋は必要ない。
ところが現状の分析担当は毎月決まりきった報告書を発表するだけでなんら業績に対する提案がない。情報さえだせば自分の責任は終了。あとは販売担当が自分で原因を調べ、対応策を考え行動することと考えている。大所高所から市場を洞察する経験も能力もない。このような分析屋なら不用。分析屋は情報を取り出すだけでなく、業績アップの方策を提案できなければならない。

仕掛人
現状のデータ活用は分析中心で行動のために活用ではない。顧客データベースを構築している企業、外部に委託している企業(アウトソーシング)のほとんどが分析のみを行なっている状況だ。
デシル分析、年齢購買分析、エリア別購買分析、離反分析、買い回り分析、部門別購入別顧客など情報を取り出しているが、分厚い分析レポートを営業会議、販促会議、役員会議で報告しているに過ぎない。このような状態なら顧客カードを実施した効果は何も生まれない。
データベース、利用端末、ソフトウエアなどシステム導入費、それを使って分析しているスタッフの人件費を含めた諸経費はコストだけで企業価値をもたらすことはない。ここに大きな問題がある。
「誰が顧客か」「何を購入しているか」「いつ購入しているか」「なぜ購入しているか」「どうすれば彼らは購入するか」「いつ購入するか」「何をすれば購入してくれるか」このような感覚をもち、営業部門・販売部門自らデータを活用し現状の仕事のやり方を日々改善していかなくてはならない。
情報利用は企業価値を生み出すためにある。企業価値を生み出すためには仕掛人が必要になる。本社本部の分析スタッフではなく、より現場に近い販売担当全員が自分の担当業務改善のために情報をフルに活用できるようにならなくてはならない。
つぎのようなケースを想定してみる。どちらが仕掛人か考えてもらいたい。
・バイヤーから750ml、670円の牛乳の導入が伝えられた。
・店舗に初回の納品が5本到着した。すぐに陳列。消費期限3日。
・夕刻、売場を見たらまったく売れていない。売上ゼロ。
・バイヤーに報告。バイヤーから消費期限最終日半額にせよと指示あり
・2日目は1本売れたが4本残っているので翌日半額にした
・それでも3本残ってしまった
このような販売現場なら"こだわり"商品育成はできない。つまり並みのスーパーのままだ。仕掛人の行動は違う。
・データベースから牛乳ヘビーユーザーを取りだす。300人いる。
・ワープロで「自然の牛乳。昔の牛乳。太陽も草も知らない牛からしぼ搾った牛乳ではありません。輸入飼料は使わず、春夏秋冬山地放牧した牛から搾った懐かしい、スッキリした味。効率優先の"常識"に中洞さんが抵抗して努力した牛乳です。」と文章を作成。
・これをはがきにプリントして帰宅前に郵便ポストに投函。
・2日目全部売れてしまった。値引きはしていない。
・ダイレクトメールを送った数人から「売れ切れなの」「今度いつ入るの」と聞かれ「明後日入ります」と答える。
こんな簡単なことがどこのスーパーでもできていない。データを取れる仕組みになっているにもかかわらず、行動が昔のままである。顧客情報を活用した行動が身についていないし、それを改善しようとする会社姿勢もない。
気迫あるマネジャーがいなくなったのか、経営者が悪いのか、どっちも原因だ。何もせずただ単に「売上を上げろ」と叱咤激励しているだけである。これでは売上をアップする実力は身につかない。改善、改革は絶対にできない。

顧客政策リーダー不在
北海道帯広量販店での経験。食品スーパー部門を除く衣料、リビング、趣味娯楽部門の正社員70数名に2日間3回にわけ合計6回にわたり顧客データの簡単な利用方法を指導した。すぐに実績を上げる情報活用方法の実践教育である。
事前に50ショップのRFMセルコード分析を実施し"R5F5"グループから金額順50名の顧客をリストアップした情報を準備した。ショップ別の超優良購入顧客リストである。
さらに11月末だったのではがきサイズのクリスマスカード風にデザインしたクリスマスカードを5000枚準備した。
集合した販売員に顧客リストとクリスマスカードを配布。
「いいですか皆さん。50名のお客様の顔を覚えていますか」まったく知らない様子。
「顔を覚えるキャンペーンを実施します。50枚のクリスマスカードにひとこと書き添えてください。いつも有難うございますなど何でも結構です」
「字の上手い下手は関係ありません。でも丁寧に誤字のないように心をこめて書いてください」
「リストに住所と氏名がありますね。年賀状を書くように住所と名前を書きます。郵便番号を忘れないように」
「はがき持参の方粗品上げますと書いてありますね」
「お客様が来店したらはがきを受け取り、名前を確認して粗品を渡してください」
「できたら一言お話してください。皆さんの売場の重要なお客様です。顔を覚えてください」
顔を覚える重要性、それは継続来店、継続購入を目指すこと。顔を覚え、縁を深め、縁を高めていき、親しくなれば電話で来店促進できることなど1時間にわたって説明した。
このキャンペーンはその年大成功だった。しかし、つぎの年、実施されなかった。もちろん、現在も実施されていない。
成功事例は忘却の彼方。本部スタッフも店長も店舗販促マネジャーも誰も何もフォローしていない。業績は前年を割り続けていた。
継続こそ企業価値を生む。「継続は力なり」という言葉もある。誰一人「物言わず」の状況で毎日を過ごしている。悲しい現実がある。このような企業には情報は必要ない。